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備中松山城探訪記その3
- 2009/12/24(Thu) -

この城の起源は鎌倉時代にまでさかのぼるので
時々の城主にまつわる様々なエピソードが残されている。
そのすべてを紹介するわけにはいかないので今回は江戸末期から
明治にいたる幕末のエピソードに絞って紹介したい。

【山城特有の自然石の残る石垣】
DSC_4484.jpg

備中松山藩5万石は江戸中期より板倉氏が藩主として治めた。
江戸末期にいたりペリーの黒船来航などで時代がゆれ始めた時の
藩主が、この板倉氏7代目藩主 勝静(かつきよ)である。

やがて世間は薩摩長州を中心とする攘夷派の台頭とともに
諸藩は佐幕(徳川)か攘夷(薩長)のどちらにつくかの判断を
せまられることになった。

しかし、備中松山藩には選択の余地はなかった。
なぜなら藩主 板倉勝静は、徳川吉宗の玄孫にあたる
血筋(松平定信の孫、養子として板倉家へ)であり、現在は老中として
江戸幕府に出仕している身だったからである。

板倉家にとっては徳川家を裏切って攘夷派に組するなど
利害善悪ではなく、初めから考えられない話であった。

【いたるところに自然石が利用された石垣】
DSC_4500.jpg

【このむき出しの自然岩が荒々しい戦闘的な外観をつくる】
DSC_4519.jpg

このような世相のなか、江戸に出仕した藩主からこの備中松山藩の
藩政をまかされていた山田方谷(ほうこく)は、ついに苦渋の決断をくだす。

【ほとんど垂直な西側斜面から見下ろす高梁川】
DSC_4523.jpg

その前に、この山田方谷という藩主の信頼を受け、藩政をまかされた重臣
がどのような人物であったかを説明しなくてはならない。
歴史に興味がある人は、なんとなく聞いたことがある名前かもしれない。

方谷は武士階級の出ではない。
藩主勝静(かつきよ)は、当時、破綻状態にあった藩(公称5万石だが実質2万石弱
しかなかった)の財政をこの農民出身の陽明学者、山田方谷(ほうこく)の抜擢により
立て直しに成功したという過去をもつ。

DSC_4527.jpg

方谷による藩改革の主なものは、


・債務の50年返済延期。
・信用を失った藩札の回収、破棄し兌換を義務付けた新しい藩札の発行。
領民から賄賂や接待を受ける事を禁じて発覚し開た場合には没収
・鍬、タバコ、和紙などの特産品を中間手数料のかる大阪をさけて藩所有の船で直接江戸へ運ぶ。
道路や河川・港湾などの公共工事を起こして貧しい領民を従事させて現金収入を与えた
・下級武士に対して、一種の屯田制を導入して農地開発と平行して国境等の警備に当たらせた。
・農兵制を導入して、若手藩士と農民からの志願者によるイギリス式軍隊を整えた。
上級武士の贅沢の禁止。など


私はこの改革を見て、個人的意見ながら見事だと思った。近代以前の財政改革といえば
常に質素倹約、金を使わないことばかりでかえって経済活動を冷え込ませる悪循環を
生むものばかりだと思っていたが、方谷の方法は、上級者の贅沢の禁止と平行して
ちゃんと公共事業で下級武士および領民には現金収入が得られるようにしてやり、
しかも流通改革により中間マージンをカットして利益をあげることまで考えられている。

なんなく、現在の政治家にこの改革を見てもらいたいと思うのは
私だけだろうか?

さらに目を見張るのは、下級武士による新田開発、農民からの志願者によるイギリス式軍隊
の創設である。これは長州の高杉晋作による奇兵隊創設よりもじつに10年も前の話なのである。

DSC_4534.jpg

こうして見事、藩の財政を立て直しに成功した方谷の明晰な頭脳には、
徳川幕府の滅亡、薩長による新政府の樹立は明らかなものとして写った。

もうすぐ徳川の時代は終わる。
・・・しかし我が主君はその血筋や現在の幕府での役職から
徳川の世以外は考えられないお方である。

方谷は迷った。
このまま藩主にしたがって徳川方につけば備中松山藩は滅亡してしまう。

そして、ついに方谷は、藩と領民を救うため命がけの決断を下す。

つづく

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備中松山城探訪記その2
- 2009/12/22(Tue) -

備中松山城天守閣】
DSC_4508.jpg
見てのとおりこの天守は2層2階建てのこじんまりしたものである。
(左の出入り口のある部分は通路で天守の層とは数えない。)

大阪城(5層8階建て)などとは比べ物にならないが、忘れてはいけない。
この天守は標高430mの山頂に建っているのだ。

東京タワーよりはるかに高い。


【いよいよ内部に】
DSC_4425.jpg
天守閣に1箇所だけある出入り口から入ったところ。
急な階段を登ったところが天守閣の1階になる。
あいかわらず他の客は誰も来ない。私1人で貸切状態である。

【天守閣内部】
DSC_4430.jpg
撮影にはストロボを使用しているので明るく見えるかもしれないが
内部は照明も少なく薄暗い。柱の影に鎧武者の霊が立っていても
不思議ではない雰囲気である。(しかも私1人しかいない。)
子供なら恐ろしくて泣き出してしまうところだが、
私は大人である・・・。もちろん泣かなかった。

この写真の奥に見える階段を登ったところが装束の間。
籠城時には城主一家の居室となる。

【窓格子】
DSC_4435.jpg
天守閣のすべての窓にはこの白い格子(おそらく木材を漆喰で塗り固めたもの)で
防御されている。侵入者防止とともに外からの矢や鉄砲の弾を防ぐためである。
j2.gif
この格子、見ると45度の角度ではめられている。このためにスリットを細くしても、
内部からは広範囲の視界が確保でき、外の敵に対し広角な射撃が可能になる。

【柱の補修あと】
DSC_4472.jpg
この天守閣は近代にはいり、昭和14年、平成15年と2度の大規模な改修が
行われている。木の新しさからみてこの部分は平成の改修によるものと
思われるが、こういった補修跡が逆に復元ではなく本物であるという
リアルさを感じさせる。

【装束の間】
DSC_4445.jpg
天守閣の裏手(北側)、中二階にあたる部分の小部屋。(20帖程度か)
平時には城主一家の居室にあたる。忍びの者の侵入を
防ぐために床下には隙間なく石が詰められている。

武運つたなく戦に敗れ、敵の怒号や刀音が近くに聞こえ始め
「もはやこれまで」となった時には、この部屋が城主一家の死に場所となる。

【屋根の残雪】
DSC_4456.jpg

約30分間ほど、誰もやってこないこの天守閣を独り占めして
隅々まで見てまわった。外よりはましとはいえ ガラスのはまって
いない窓からは標高430mの冷たい風が吹き込んでくる。

そろそろ出ようかと下に降りた時、男性二人連れの観光客がちょうど
天守閣の入り口から入ってきて靴を脱ごうとしているところに出くわした。

まだ内部の暗さに慣れていない二人連れは、中からぬっと現れた私に
明らかにギョッとしたようである。・・・が・・・その動揺を
見透かされまいと・・・軽く鼻歌を歌いながら「・・・冷えまんな。」
と軽く会釈をして中へ入っていった。

・・・・つづく

さ~て次回の備中松山城探訪記は・・・・

さんちゃんです。・・明治維新により廃城となる備中松山城
幕末の備中松山藩 藩主 板倉勝静(かつきよ)とその重臣 山田方谷(ほうこく)
の感動のエピソードを皆様にお贈りしたいと思います。お楽しみに!

ングング(△△;)




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備中松山城探訪記
- 2009/12/20(Sun) -

今冬一番の寒さの残る12月20日(日)朝。車で約一時間。
備中松山城を訪れた。

松山城といえば愛媛県松山市を思い浮かべる方も多いだろうが
こちらは岡山県中西部、高梁市にある。

高梁川沿いにある小松山(標高430m)の山頂を中心に築かれた山城。
山城という形式は戦国時代以前の築城方法であり、そのことからも
わかるようにその歴史は古く、鎌倉時代までさかのぼる。

天守が現存する城は日本には12城しかない。(詳しくはこちら→)
その現存12城のほとんどが平野につくられた平山城(姫路城他)
や平城(信濃松本城他)であるのに対して、この備中松山城
唯一の山城で、一般車両の通行できる道路は山の中腹の駐車場
までしかなく、あとは山道を徒歩で登らなくてはならない。

【このような山道を登ること約1km】
DSC_4396.jpg

山は下から見上げるもの・・・と普段から山歩きなどしない
根っからのインドア派の私。途中何度か休憩しながら石のゴロゴロした
歩きにくい山道を登る。観光シーズンオフとこの寒さのため
他にこの城をおとずれている人はまったくいない。
幸いにも坂道にあえぐ へたれぶりを人にさらさなくて済んだ。

山頂までの限りない坂道と石段。この石段が非常に登りにくい。
積もる落ち葉で滑るせいもあるが、敵兵を一気に走り登らせないため
の工夫なのか、それとも単に適当に石を積んだせいなのか、・・・
不規則な段が足のリズムを狂わせてしまうからだ。

【やっと山頂の石垣が見えてきた】
DSC_4400.jpg


坂道と石段に辟易としたころ・・・
このような立て札が。私だけじゃなく皆この城まで
登ってくるのは大変なんだな、とちょっと安心。


【山頂付近には残雪が】
DSC_4409.jpg

この寒波で降った雪がまだ溶けずに残っていた。
ほとんど足跡もついていない。・・・ということは
駐車場に「入城料300円」と書いた看板があったけど
ひょっとして誰もいないんじゃね?うまくいけばタダで
はいれるかも、と淡い期待が・・・。

【ついに天守が見えた】
DSC_4412.jpg

強い風に速く流れる雲がはれた瞬間パチリ。
写真では何度か見たことがある備中松山城の天守閣。
天守自体はあまり大きくはないことは知っていたが、
さすが山城である。周りの石垣を含め戦闘的な威圧感が
ひしひしと伝わってくる。

【430mの山頂から見下ろす高梁川】
DSC_4548.jpg

天守がある本丸へ登る石段を上がったところ
にちいさなチケット売り場らしい建物があった。
相変わらずあたりに人影はない。私一人である。
おそるおそるチケット売り場の窓口をのぞいてみた。
中は暗い。

「おはようございます。300円です。」
係りのおじさんが人懐こい笑顔で中に座っていた。

おわっ!人がいた!私の淡い期待は破れた。

「寒かったでしょう?」と中のおじさん。

「いや、これだけ歩かされれば寒くはないですよ。」
と皮肉もこめてしぶしぶ財布からお金をだす私。

「しかし・・・お年寄りだとここまで来れないですね。」
という私の問いに、
「いや、八十のお年寄りでも登って来られる人もいますよ。」
とちょっとムッとした表情の中のおじさん。

どうやらココは城を見るだけではなくちょっとした
トレッキングも楽しめるというコンセプトがあるらしい。

誰も来ないので人恋しいのか、やたら話かけてくるチケット売り場の
おじさんと、しばし歓談のあといよいよ本丸の門をぬけて中へ入った。

つづく・・・・・え?つづく?

はい・・・今年いっぱい引っ張ります。(△△;)>


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晩秋
- 2009/12/13(Sun) -

季節を1日に例えると
春は朝、夏は昼、冬は夜、そして
晩秋の今はそろそろ日も暮れようとする
薄暮の時間。

夕暮れ時と同じ寂しさを
この季節に感じるのは
道理なのかもしれない。


DSC_4186.jpg

DSC_4321.jpg

DSC_4355.jpg

なんちゃって( ̄Д ̄;)
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落ち葉の季節(去りゆく秋を惜しむ)
- 2009/12/05(Sat) -

12月ですね~。我が家も今日クリスマスツリーを
出しました。そろそろ正月の予定なんかも考えなくちゃ
ならないのですが・・・例年どおり寝正月かな。

元旦からNHKでやってるアニメ「メジャー」の再放送・・・
あれ、結構はまっちゃいますね。

DSC_4257.jpg

消費者金融のCMみたいな絵が撮りたかった・・・わけじゃ
ないんですが、樹木の覆いかぶさった暗い場所にあるので
フラッシュを使用しました。

DSC_4252.jpg

肉眼では透明に見えるきれいな水でも
目に見えない浮遊物がいっぱいあるみたいで、
フラッシュ光に反射して白い粒々がいっぱい写っちゃいました。
PCで暗めに補正したのですが、まだ見えてますね。たはは。

DSC_4219.jpg

ベンチに座る奥様の服の色が妙に落ち葉にマッチして
ナイスセンスっす。

DSC_4215.jpg

間が悪いことに~300mmズームから50mmレンズに付け替えたとたん
BKSセンサーが反応。こんな遠目の写真になっちゃいました。

DSC_4356.jpg

電動自転車ってやつですか?
持ってる人に聞いたことがあるんですが、ペダルを
こぎ始めるとどこからともなく現れた召使が自転車の
後ろを押してくれているような感覚なんだそうですね。

DSC_4268.jpg

夕刊配達のバイク。カッコよく後ろに落ち葉を巻き揚げながら走り去ったのですが、
静止画ではまったく表現されてませんでした。とほほ。

DSC_4265.jpg

今年もあとわずか。残りの2009年はりきってまいりましょう!
【於:岡山後楽園およびその周辺】

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